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アートオークション、煌びやかで不透明な世界

by 弁護士 木村 剛大/Kodai Kimura

2016年8月2日

2016年5月10日にニューヨークのロックフェラーセンターで行われた大手オークションハウス、クリスティーズの戦後・現代アート・イブニング・セール・オークション。ここでオンラインショッピングサイト「ZOZOTOWN」を運営する株式会社スタートトゥデイの経営者、前澤友作氏がジャン=ミシェル・バスキア(→Artsy Jean-Michel Basquiat page)の絵画「Untitled」を5730万ドル(約62億4000万円)で落札した、という華やかなニュースが報道されました。

ジャン=ミシェル・バスキア「Untitled」(1982)

出典:クリスティーズ・ウェブサイト

多くの方は、オークションというと、出品された作品に対して一番高い札を上げた人が落札する、というシンプルな取引形態だと思われるかもしれません。

私も以前はそうでした。ですが、オークションにも様々なルールや仕組みがあり、実際は複雑な世界なのです。以下では本場であるニューヨーク市のルールの一端を紹介したいと思います。

クリスティーズでのオークション風景

まず、通称「シャンデリア入札」。シャンデリア、というのはホテルなどの天井に吊り下げられる、あのシャンデリアです。シャンデリア入札というのは、オークションを仕切るオークショニアが出品者の代わりに入札することをいいます。

これはどういうことか?端的にいえば、オークショニアはオークションを盛り上げるために実際には入札がなくても、入札があるように振る舞ってよいということです。これはニューヨーク市のルールで明確に認められているものです。※1

ただし、条件はついています。まずオークションカタログで事前にオークショニアが出品者の代わりに入札できると明確に表示しなければいけません。それから入札が「リザーブ価格」(reserve price)に達した後はシャンデリア入札は許されません。※2

「リザーブ価格」というのは、出品者がある一定の価格に達しなかったら作品を売らないとするために設定する最低売却価格のことです。ニューヨーク市のルールでは、リザーブ価格が設定されているかどうかは、オークションカタログに表示しなければなりません。※3 しかし、リザーブ価格が実際にいくらなのかは、開示しなくてよいことになっています。

実際のオークションカタログをみると、ほとんどといってよい程リザーブ価格が設定されています。このリザーブ価格は歴史的には、アートディーラーのグループによる談合を防止するという機能を期待して始まったそうです。リザーブ価格がいくらなのか分かっていると、その金額で落札しようと仲間内で取り決めて、安く作品を落札しようとするというわけです。

シャンデリア入札の効果は、もちろん場を華やかにすることです。一方で、批判もあります。入札参加者は、リザーブ価格を知らないわけですから、目の前の入札がシャンデリア入札かどうかは分かりません。実際には不人気な作品であっても、シャンデリア入札により他の参加者による入札があるかのような空間が人工的につくられているのです。

シャンデリア入札かどうかは分からない、といいましたが、正確には分かるときもあります。オークショニアが入札の間に「I’m selling it」などといったらリザーブ価格に達したことのシグナルです。これはニューヨーク市のルールに基づく規制ではなくて実務でそうしているという話だと思われます。

リザーブ価格を理解するためには、落札予想価格(estimate)についても知る必要があります。オークションカタログをみると、各ロットに一定の範囲の価格が書かれており、これが落札予想価格です。リザーブ価格は、落札予想価格の下限を超えてはいけないことになっています。※4 

それでは落札予想価格はどのように決まるのでしょうか?オークションハウスの専門家が作品を評価して設定しますが、出品者とオークションハウスとの交渉という要素もあります。低く設定することもあれば、高く設定することもあります。落札予想価格は上限と下限がありますが、これらに入札が拘束されるわけではありません。あくまでオークションハウスの評価ですので、実際の入札価格が落札予想価格の上限をはるかに超えることもあれば、下限にも届かずリザーブ価格にも達せずに不落札になることもあります。

ニューヨーク市のルールでは、リザーブ価格に達せずに不落札になった場合、オークショニアは、ロットが「passed」(パスになりました)、「withdrawn」(取り下げられました)、「returned to owner」(オーナーに戻されました)又は「bought-in」(買い戻されました)とアナウンスしなければなりません。※5

出品者にとって、リザーブ価格を低く設定すると、当然ですが入札金額が低くても売却になる可能性が上がります。他方、リザーブ価格を高く設定すれば入札がリザーブ価格に達せずに不落札になる危険性が上がります。

これが何を意味するか?オークションで売れないということは作品の価値にマイナスの影響を与えてしまうので、出品者としては避けたいのです。印象派のペインティング8点を出品したところ、7点が不落札になり、作品の価値に悪影響を与えたとして出品者がクリスティーズを訴えた有名な訴訟もあります。※6

オークションハウスはクリスティーズとサザビーズの2強状態で、この2社が9割の市場を握っているといわれています。オークションハウスにとって良質な作品を出品者から集めることが重要です。不落札になることを回避し、出品者に作品を出品してもらう手法として「保証」があります。その名のとおり、オークションハウスが一定の金額で作品を購入することをあらかじめ出品者に保証するのです。

パーセンテージは交渉によって変わりますが、保証額よりも高く売れたときには保証額と実際の落札価格の差額の30~50%程度が保証人であるオークションハウスの取り分となります。さらにはオークションハウス以外のアートディーラー、金融機関などの第三者による保証が使われることもあります。第三者保証の場合、だれが保証しているかは秘密事項とされます。このような保証の有無もオークションカタログで表示しなければなりません。※7

さて、これらの手法に問題はないのでしょうか?

まず、オークションハウスが保証することは出品者との間で利益が相反するおそれがあるでしょう。オークションハウスは出品者のために作品をできるだけ高く売るべき立場である一方、オークションハウス自身が作品を相場よりも安く買えれば転売することで利益が上がることになります。

次に、第三者による保証については、保証した第三者も自分が保証したロットの入札に参加できる点が問題だと指摘されています。※8 つまり、保証人は、落札価格を上げるために、保証額を知らない入札参加者による入札に対抗して自ら入札できるのです。これはクリスティーズのカタログにも記載されています。そして、最終的に保証人自身が保証した作品を落札した場合でも、保証人は保証額と落札価格の差額の一定割合の取り分を得ることができるのです。結果として、落札価格よりも安価に作品を落札できることになります。

日本ではどうかというと、法律では何も情報開示に関するルールはありません。※9 そのため、オークション会社の規約でルールが決まります。

たとえば、SBIアートオークションのオークション規約(2015年4月1日改定版)をみてみると、最低売却価格に至るまでシャンデリア入札ができる趣旨の記載があります(8.②)。そして、最低売却価格(リザーブ価格)は評価額(落札予想価格)の「上限」を超えることはできないとされています(18.③)。はい、気づかれましたでしょうか。リザーブ価格が落札予想価格の「下限」を超えることができないというニューヨーク市のルールとは違いますね。

煌びやかに見えるオークションの入札は、オークショニアが出品者の代わりに行うシャンデリア入札かもしれません。保証した第三者が自ら行っている入札かもしれません。オークション、そこは煌びやかで不透明な世界なのです。

※1 Rules of the City of New York (“N.Y.C.R.”), Title 6, Chapter 2, Subchapter M, §2–123(b)
※2 N.Y.C.R., Title 6, Chapter 2, Subchapter M, §2–123(c)(1)

※3 N.Y.C.R., Title 6, Chapter 2, Subchapter M, §2–122(f)(1)
※4 N.Y.C.R., Title 6, Chapter 2, Subchapter M, §2–123(d)
※5 N.Y.C.R., Title 6, Chapter 2, Subchapter M, §2–123(a)
※6 Cristallina S. A. v. Christie, Manson & Woods Int’l, 502 N.Y.S.2d 165 (N.Y. App. Div. 1st Dep’t 1986)
※7 N.Y.C.R., Title 6, Chapter 2, Subchapter M, §2–122(d)
※8 Robin Pogrebin and Kelvin Flynn, As Art Values Rise, So Do Concerns About Market’s Oversight, N.Y.Times, Jan 27, 2013

※9 石坂泰章『巨大アートビジネスの裏側 誰がムンクの「叫び」を96億円で落札したのか』(文春新書、2016)237–238頁参照