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包む芸術は法の世界をも変容させる

by 弁護士 木村 剛大/Kodai Kimura

2016年7月23日

クリスト&ジャンヌ=クロード(→Artsy Christo and Jeanne-Claude page)。1935年6月13日という同じ日に生まれた夫妻は、やわらかな布を使った大規模な作品で世界的に有名なアーティストです。個人的に好きなアーティストなのですが、なぜかというと枠に収まらない凄みがあるから。「一番大変なのは許可を得ることです」とアーティスト自身もいうように、プロジェクトの構想から実現までなんと20年以上を費やす作品もあります。※1 そして、自由に表現したいからという理由で、プロジェクトの完成形を描いたスケッチ、ドローイング、コラージュなどを売ることで何億もかかるプロジェクトの資金を自ら捻出します。途方もない時間と莫大なお金をかけてプロジェクトを実現させるわけですが、実際のプロジェクトはたった14日程度の展示期間で終了します。展示が終われば二度と見ることはできません。不可能と思われることを可能にし、それでいて実現した作品自体はあえて刹那的。なんだか妙に惹かれます。

ドイツのベルリンに所在する旧ドイツ帝国国会議事堂を布で包んだ「包まれたライヒスターク」(Wrapped Reichstag)も構想から1995年に実現するまで24年間を要しています。

クリスト&ジャンヌ=クロード「包まれたライヒスターク」(1971–1995年)

写真:ウォルフガング・フォルツ

この包まれたライヒスタークを巡ってドイツに最高裁判例があり、面白い素材を提供してくれています。※2 事案はこうです。包まれたライヒスタークを撮影した写真を使ったポストカードを販売した広告代理店に対して、クリスト&ジャンヌ=クロードが包まれたライヒスタークを無断で複製されたといって著作権侵害の裁判を起こしました。一方、広告代理店は、「パノラマの自由」という規定が適用されて、ポストカードの販売が許されると主張しました。

販売されたポストカード

出典:ドイツ最高裁2002年1月24日判決

販売されたポストカード

出典:ドイツ最高裁2002年1月24日判決

ドイツの著作権法には、「パノラマの自由」と呼ばれる規定があります。※3 著作権者と利用者の利益のバランスをとるための規定です。どのような内容かというと、「公共の道路、街路又は広場に恒常的に設置されている著作物を、絵画若しくはグラフィック・アートの方法により、写真により、…複製し、頒布…することは、許される」というものです。つまり、公共の場所にずっと設置されている著作物については、だれでも自由に絵を描いたり、写真撮影したりしてもよいということですね。商業利用でもこれは変わりません。

ドイツの最高裁は、期間が限定されたクリスト&ジャンヌ=クロードの包まれたライヒスタークは公共の場所に「恒常的に設置」されているものではなく、展示であるから、「パノラマの自由」は適用されないと判断しました。クリスト&ジャンヌ=クロードのプロジェクトは14日間で撤去される一時的なものだったからです。

このライヒスターク自体は古い建築物ですので著作権は切れているでしょうが、一般的には建築物はずっと設置されている著作物の典型例ですので、まさに「恒常的に設置」されているものです。しかし、クリスト&ジャンヌ=クロードは包み込むことでドイツの人々が見慣れたライヒスタークの景色を変容させるだけではなく、法律上の評価も「恒常的」から「一時的」な著作物に変容させることになりました。

日本でもドイツのパノラマの自由にあたる規定があり、この規定の解釈については、はたらくじどうしゃ事件が有名です。※4 永岡書店という出版社が、「なかよし絵本シリーズ⑤ まちをはしる はたらくじどうしゃ」という本を発行していました。この本は、写真やイラストを使ってパトロールカー、救急車、消防車などの町を走る様々な24種類の車を幼児向けに解説したものです。この本の表紙と本文の14ページ目には、横浜市営バスの写真が掲載されていました。なぜ裁判になったかというと、本に掲載されたこのバスの車体にアーティストのロコ・サトシが絵を描いていたためです。ドイツの件のように、アーティストに無許可で作品を撮影した写真が本に使われていました。

「はたらくじどうしゃ」の表紙

日本の著作権法では、「美術の著作物でその原作品が…屋外の場所に恒常的に設置されているもの…は、次に掲げる場合を除き、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる」という内容になっています。※5 「次に掲げる場合を除き」というのが気になった方がおられるかもしれません。そう、ここがポイントです。日本では例外として、「専ら美術の著作物の複製物の販売を目的として複製し、又はその複製物を販売する」ことが掲げられているのです。※6 つまり、包まれたライヒスターク事件のように作品の写真を中心に据えて使ったポストカードの販売は、この例外にあたって違法になります。

はたらくじどうしゃ事件に戻りたいと思います。あれ、バスって動くから「恒常的に設置」されていないんじゃないのという声が聞こえてきそうです。もちろん、争点のひとつになりました。結論からいうと、裁判所は、バスが動くとしても「恒常的に設置」にあたると判断しました。この規定の目的は、不特定多数の人が自由に見ることができるような屋外に恒常的に設置された場合、一般人の自由利用を認めることが社会の慣行に合致しているし、多くの場合、著作権者の意思にも沿うから、一般人の行動を過度に抑制することのないようにする、という点にあります。そうだとすると、土地などに固着されたものに限定する必要はなくて、ある程度の長期間継続的に、不特定多数の人が見ることができる状態に置かれていれば、「恒常的に設置」されているといって差し支えない、というわけです。バスは他の一般の市営バスと同じように継続的に運行されているから、アーティストがこのような市営バスの車体に絵を描いたことはまさに美術の著作物を「恒常的に設置」したというべきだ、というのが裁判所の判決です。

しかし、まだ終わりません。「はたらくじどうしゃ」に絵が描かれたバスの写真を掲載することが「専ら美術の著作物の複製物の販売を目的として複製し、又はその複製物を販売する場合」にあたれば、著作権の侵害になります。もっとも、こちらも裁判所はアーティストの主張を採用しませんでした。24種類の車について紹介するという「はたらくじどうしゃ」の内容からすると、本の表紙に使われていたとしてもバスの掲載方法はさほど不自然なものでもないし、あくまで紹介されている車のひとつの例としてバスが掲載されているという印象を読者も受けるだろう、といって「専ら」美術の著作物の複製物の販売を目的として複製し、又はその複製物を販売するとはいえないとしました。

はたらくじどうしゃ事件では、利用者のほうが勝ちましたが、パノラマの自由の内容としては、「恒常的に設置」にあたっても、なお「専ら」販売目的での利用は違法になっていますので、日本のほうが利用者には厳しいですね。

ジャンヌ=クロードは2009年に亡くなりましたが、クリストはプロジェクトを続けています。現在進行中のプロジェクトは、米国コロラド州のアーカンザス川の流れに沿って合計10キロにわたり水面上方に布パネルを張り巡らす「オーバー・ザ・リバー」(1992年-進行中)、41万個のドラム缶を積み上げて構造体をつくるアラブ首長国連邦アブダビのプロジェクト「マスタバ」(1977年-進行中)。ぜひ実際のプロジェクトを現地でみてみたいものです。最後はクリストの言葉を引用して終わります。※7

「どのプロジェクトのときもそうなんですけど、ジャンヌ=クロードと、いつも言っていました。

想像を遥かに超えていたねって。

これほど美しい作品になるなんて

ぼくたち、ぜんぜん想像できていなかったねって。」

※1 慶應義塾大学教養研究センター「クリスト&ジャンヌ=クロード講演会」(慶應義塾大学教養研究センター、2007)

※2 BGH, 24.01.2002, VII ZR 461/00-Kammergericht.

※3 ドイツ著作権法59条1項。訳は著作権情報センターのウェブサイトに従った。

※4 東京地判平成13年7月25日判時1758号137頁〔はたらくじどうしゃ事件〕

※5 著作権法46条はしら書き

※6 著作権法46条4号