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現代アートと著作権侵害-フェア・ユースによる他者の著作物を素材とする表現の可能性

by 弁護士 木村 剛大/Kodai Kimura

2016年8月17日

ジェフ・クーンズ、シェパード・フェアリー、リチャード・プリンス。いずれも現代アート界で有名なアーティストなのですが、共通点があります。なんだか分かりますか?彼らは法曹界でも有名人なのです。そう、いずれのアーティストも写真家から訴えられて米国で裁判を戦っているのです。ジェフ・クーンズから戦いの歴史をみていきましょう。

ジェフ・クーンズ-重視される作品のメッセージ性

まず、ジェフ・クーンズ(→Artsy: Jeff Koons)。売れっ子の現代美術アーティストです。クーンズについては2件有名な事件があります。

ひとつめの事件は、写真家のアート・ロジャースとクーンズとの戦いです。※1 ロジャースは、庭のベンチで夫婦が子犬を両腕にかかえる写真「Puppies」を撮影し、この写真のプリントはコレクターに販売されたり、絵葉書としての使用のためにライセンスされたりしていました。この写真を見たクーンズは、全く同じ構図で写真を忠実にコピーした彫刻「String of Puppies」を1988年に行われた「バナリティ・ショー」という展示で発表するために4体制作し、そのうち3体が合計36万7000ドルで販売されました。自らの写真が無断で使用されたことに気付いたロジャースは、写真の著作権の侵害だ、といって1989年に裁判を起こしました。

ジェフ・クーンズ「String of Puppies」(1988)

出典:ジェフ・クーンズ・ウェブサイト

アート・ロジャース「Puppies」(1980)

出典:アート・ロジャース・ウェブサイト

これに対して、クーンズは写真の利用は「フェア・ユース」だと主張しました。フェア・ユースというのは米国著作権法に規定されている様々な場面に適用される著作権を制限する根拠になる規定です。具体的には、「批評、解説、ニュース報道、教授・・・、研究又は調査等を目的とする著作権のある著作物のフェア・ユース・・・は、著作権の侵害とならない。」とされ、フェア・ユースにあたるかは、①使用の目的及び性質、②著作権のある著作物の性質、③著作権のある著作物全体との関連における使用さ れた部分の量及び実質性、④著作権のある著作物の潜在的市場又は価値に対する使用の影響という4つの要素などを総合的に考慮して判断すると規定されています。

総合的に4つの要素を考慮するわけですが、主役は第1要素(使用の目的及び性質)です。この要素で、著作物の利用が「変容的利用」であると評価されると、フェア・ユースが認められる傾向にあります。最高裁によれば、「変容的利用」といえるかは、「新しい作品が、単に原作品の目的にとってかわるか否かであり、言葉を換えれば、最初の表現を新しい表現や意味又は主張を伴って変化させることで、さらなる目的や異なる性格を伴い、何か新しいものを付け加えているか否か」により判断されます。また、変容的利用であると認められる利用に「パロディ」としての利用があります。裁判所は「パロディ」と「風刺」を区別していて、パロディというためには原作品自体に対する批判、コメントでなければなりません。原作品自体に対するメッセージがあるのであれば原作品を利用する必然性があるけれど、そうでないのであれば必ずしも他の人の作品を無断で利用する必要はない、ということでしょう。

クーンズは、主な使用目的は消費財の大量生産やメディアによるイメージが社会の劣化を招くという社会的批判であって、取り込んだ作品自体、そしてそれを生み出した政治的、経済的システムに対する批判的コメントにあると主張しました。

裁判所の判断はというと、写真家の勝利です。つまり、裁判所はフェア・ユースとは認めませんでした。「String of Puppies」は、物質主義的社会への風刺的な批判ではあるとしても、「Puppies」自体に対するメッセージではないので、パロディではないというわけです。

続いてもうひとつの事件です。この事件では2000年に発表されたクーンズの「Niagara」という作品が問題となりました。※2 この作品のなかにファッション・ポートレイト写真家のアンドレア・ ブランチの写真「Silk Sandals by Gucci」が無断使用されていました。どこかというと、180度回転させて背景はカットしていますが「Niagara」の左から2番目のサンダルをはいた脚です。ブランチは、2003年にクーンズを著作権の侵害だといって訴えました。なお、オークションハウス大手のサザビーズによれば、「Niagara」は2004年の時点で100万ドルの価値があると評価されています。

ジェフ・クーンズ「Niagara」(2000)

出典:ジェフ・クーンズ・ウェブサイト

アンドレア・ ブランチ「Silk Sandals by Gucci」(2000)

出典:I Support FAIR USE

裁判所は、 今度はクーンズによる写真の利用はフェア・ユース にあたり、適法だと判断しました。まず、クーンズは、写真利用の目的は、ブランチの写真をマスメディアによる社会的、美的な影響に対するコメントのための消耗品として使用するためで、ブランチが写真を制作した目的とは全く異なるものだと主張 しています。これに対して、裁判所も、全く異なった創造目的や伝達目的を促進するために著作物が「素材」として利用されるときにはその利用は変容的だと述べました。

続いて、裁判所は、「パロディ」と「風刺」の区別についても述べて、メッセージは個々の写真そのものというよりも、Silk Sandals by Gucciを典型とするジャンルをターゲットに しているので、Niagaraは「風刺」として位置付けることが適切だろうとしました。ここまでは「String of Puppies」のときと似た判断ですね。しかし、裁判所は風刺であっても、クーンズが写真を借用するにあたって、創造のための合理性が本当にあったかを検討し、クーンズの利用には正当化根拠があったと認定しています。裁判所は認定に際し、次のクーンズの説明を引用しています。

Allure誌の写真にある足は単調なものに見えるかもしれないが、私は自分自身で撮影する足以上にこれらを私の作品に取り入れる必要があると考えた。写真が至るところに存在することは、メッセージの中心だ。写真はマスコミュニケーションの確立したスタイルとして典型的なものだ。どのような高級雑誌にも、その他のメディアと同様にほぼ同じようなイメージを見つけることができる。私にとっては、Allure 誌に描かれた足は、世界における事実であって、皆が常日頃体験しているものだ。それらは特定のだれかの足というわけではない。Allure誌の写真の断片を私のペインティングに使用することで、Allure誌によって促進され、体現されている文化や態度についてコメントをしたのだ。既存のイメージを使用することにより、私はコメントを高めるための真実性を確保している。それは引用と言い換えの違いであって、鑑賞者が私のメッセージを理解することを可能にするのだ。

一矢報いたクーンズですが、さすがに訴訟には懲りているようです。雑誌のインタビューでは、「私は既存の題材を使うときに法的プロセスをすべて踏むようにしている。個人的にはほとんどの場合、題材は自由に使っても良いものだと信じているけれどね。」と語っています。※3

シェパード・フェアリー-望みはあった戦い

次に、シェパード・フェアリー(→Artsy: Shepard Fairey)の事件を紹介します。こちらは最終的には2011年に和解で終わったため、裁判所の判断は出ていないのですが、「オバマポスター事件」として話題になった事件です。※4

シェパード・フェアリーはグラフィック・アーティストで、政治的なメッセージ性ある表現を行うことでも知られています。2008年にフェアリーは当時大統領選に出馬していたバラク・オバマ氏のキャンペーンを支援するため、「HOPEポスター」を作成しました。このポスターは、インターネットで探した画像をフォトショップなどのソフトを用いて加工して制作されたものです。ベースとなった写真はマニー・ガルシアという写真ジャーナリストが2006年4月に大手通信社のAP通信のために撮影したものでした。写真の著作権を持つAP通信がフェアリーに対してHOPEポスターの収益分配を求めたため、逆にフェアリーが2009年に著作権侵害がないことの確認を求める裁判を起こしました。

シェパード・フェアリー「HOPEポスター」(2008)

出典:Obey Giantウェブサイト

©マニー・ガルシア/AP通信

出典:マニー・ガルシア・ウェブサイト

やはり争点のひとつはフェア・ユースです。フェアリーは、写真利用の目的はオバマの選挙戦をサポートすることであって、そのような意図を有しない原写真とは目的が異なるから変容的利用にあたると主張しました。また、ブランチ対クーンズの判決を根拠として、フェアリーはオバマ写真の一部を「素材」として根本的に異なる英雄的で心を鼓舞する政治的肖像を表現したのだと述べています。オバマ写真は現実の世界をそのままに描写する現実主義的な表現であるのに対して、HOPEポスターは世界があるべき姿を描く理想主義的な表現だ、というわけです。

また、フェア・ユースかどうかの前に、そもそもHOPEポスターは写真の創作性ある表現を利用していないから、著作権を侵害していないという争点も提示されています。これは写真の創作性というのは、アングル、背景、色彩、陰影、露光などの要素によって支えられるわけですが、HOPEポスターはこれらの要素を利用していないという議論です。

裁判所の判断は出なかったわけですが、なかなか説得力のある主張ではないでしょうか。

リチャード・プリンス-アプロプリエーション・アートを救う新基準?

最後は、リチャード・プリンス(→Artsy: Richard Prince)です。※5 プリンスもアプロプリエーション・アートの代表的な作家として有名なアーティストです。

写真家のパトリック・カリウは、6年間にわたりジャマイカのラスタファリアンという宗教の信仰者とともに住み、ジャマイカで撮影した写真集「Yes Rasta」を2000年に発刊しました 。プリンスは2007年12月から2008年2月の間に、合板に Yes Rasta から35枚の写真を貼り付けたアート作品「Canal Zone (2007)」を発表しました。2008年6月、プリンスは、Yes Rasta をさらに3冊購入した上、 Canal Zone シリーズで30の新たな作品を制作したのですが、そのうち29作品は、Yes Rasta から一部又は全体のイメージを取り入れたものです。

2008年11月からニューヨークのガゴシアン・ギャラリーで行われた展示でプリンスのCanal Zoneシリーズ22点が発表され、他のギャラリストからこれを知らされたカリウは、2008年12月にプリンス、ガゴシアン・ギャラリーなどを相手にして著作権侵害の裁判を起こしました。

リチャード・プリンス「James Brown Disco Ball」

出典:Patrick Cariou. v. Richard Prince, 11–1197 Appendix

リチャード・プリンス「Tales of Brave Ulysses」

出典:Patrick Cariou. v. Richard Prince, 11–1197 Appendix

リチャード・プリンス「Back to the Garden」

出典:Patrick Cariou. v. Richard Prince, 11–1197 Appendix

パトリック・カリウ「Yes Rasta」118頁の写真

出典:Patrick Cariou. v. Richard Prince, 11–1197 Appendix

パトリック・カリウ「Yes Rasta」83–84頁の写真

出典:Patrick Cariou. v. Richard Prince, 11–1197 Appendix

2011年に地裁は、写真家に有利な判断をしました。フェア・ユースの第1要素 (使用の目的及び性質)で考慮される変容的利用について、地裁は 「プリンスのペインティングは、写真に対して コメントをする程度においてのみ変容的であ る」といっています。また、地裁は、プリンスが原作品の持つ意味について興味はなく、アートを 制作したときに伝えようとしたメッセージはないと証言したことを認定しています。これまでの裁判所の判断からすると、程度に差はありますが、作品のメッセージ性を重視していたので、こうなるのかなという印象でした。

ところが、2013年の控訴審判決で地裁の判断が覆り衝撃が走ります。控訴審は、プリンスの次の5作品、①「Graduation」、 ② 「Meditation」、③「Canal Zone (2007)」、 ④「Canal Zone (2008)」、⑤「Charlie Company」以外の全ての作品について、プリンスの利用は フェア・ユースとして適法だと判断したのです。そして、これら5作品についてはさらに審理をするために地裁に差し戻されました。

リチャード・プリンス「Graduation」

出典:Patrick Cariou. v. Richard Prince, 11–1197 Appendix

リチャード・プリンス「Meditation」

出典:Patrick Cariou. v. Richard Prince, 11–1197 Appendix

リチャード・プリンス「Canal Zone 」(2007)

出典:Patrick Cariou. v. Richard Prince, 11–1197 Appendix

リチャード・プリンス「Canal Zone 」(2008)

出典:Patrick Cariou. v. Richard Prince, 11–1197 Appendix

リチャード・プリンス「Charlie Company」

出典:Patrick Cariou. v. Richard Prince, 11–1197 Appendix

裁判所は、法は変容的となるために、原作品や著作者へのコメントという要件 を何ら課していないと指摘しています。さらに、裁判所は、構成、表現、スケール、色彩、メディアが根本的に違うという点で25のプリンスの作品はカリウの写真とは根本的に異な る美を表現していることを強調しました。その上で、プリンスの証言については、「重要なことは問題の作品が合理的な観察者に どのように見えるかであって、アーティストが作品の特定の部分や内容について述べるこ とではない。プリンスの作品は、カリウの作品や文化へのコメントなしであっても、ま た、プリンスがそのような意図であっても変容的でありうる。作品に関するプリ ンスの説明に裁判所の問いを閉じ込めるのではなく、変容的な性質を評価するため、作品がどのように『合理的に認識されるか』を検討する。… 裁判所の侵害分析の中心は、一次的にプリンスの作品そのものにあり、25の作品は法律問題として変容的であるとみる。」と述べて、変容的利用と認定するための障害にはならないとしています。

どう感じましたでしょうか?この判決については疑問の声が多くあがっています。「根本的に異なる美」とは一体どのような基準で判断するのか?フェア・ユースをあまりに広く認めることになるのではないか?正直なところ、差し戻された作品とフェア・ユースだと認めた作品とどのような違いを重視して判断したのかよく分かりません。事件は地裁に差し戻されましたが、結局2014年に和解で終了したため、地裁での判断は示されませんでした。このように、現代アートを巡るフェア・ユースの判断基準については揺れ動いているのです。

日本の現状

最後に、日本ではどうなるかに少しだけ触れたいと思います。日本の著作権法にはアメリカのフェア・ユースのような規定はありません。実際の裁判でも、既存の写真をベースにした絵画やコラージュについては写真の著作権侵害だと裁判所は判断しています。※6 このように、日本では写真などの他者の著作物を素材とする表現が適法になるのは非常に難しいのが現状です。アプロプリエーション・アーティストは有名にはなれるかもしれません。少なくとも法曹界では。

※1 Rogers v. Koons, 960 F.2d 301 (2d Cir. 1992).
※2 Blanch v. Koons, 467 F.3d 244 (2d Cir. 2006).

※3 Numero Tokyo 2007年9月号67頁

※4 William W. Fisher III, Frank Cost, Shepard Fairey, Meir Feder, Edwin Fountain, Geoffrey Stewart & Marita Sturken, Reflectoins On The Hope Poster Case, 25 Harv. J. Law & Tec 243 (2012).
※5 Cariou v. Prince, 714 F.3d 694 (2d Cir. 2013).

※6 大阪地判平成28年7月19日最高裁HP〔舞妓写真日本画事件〕、東京地判平成20年3月13日判時2033号102頁〔祇園祭写真事件〕、最判昭和55年3月28日民集34巻3号244頁〔パロディ事件第一次上告審〕