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写真著作権-「似ている」と「侵害」の距離

by 弁護士 木村 剛大/Kodai Kimura

2018年3月7日

本日の浮遊

こちらは林ナツミさんの「本日の浮遊」というセルフ・ポートレート作品で、ご本人がジャンプした瞬間を撮影した写真シリーズです。日記形式でウェブサイトに掲載する、という方法で発表されました。林さんが浮遊しているのですが、すべて合成ではなく、時には300回も実際にジャンプして力の抜けている瞬間を撮影したそうです。※1

日記形式で本格的に発表し始めたのは2011年1月1日からで、その後、「本日の浮遊」はニューヨーク・タイムズなど世界中で取り上げられました。

林ナツミ「本日の浮遊」2010年12月16日
出典:よわよわカメラウーマン日記

林さんは、浮遊のテーマについて、地球の重力を無視することでしょうか(笑)、とインタビューで語っています。※1

「重力」というのはだれしもが共有できる、逃れることのできないものです。それぞれの逃れることのできないもの、今の悩みであったり、抱えている問題であったりを「本日の浮遊」に重ね合わせて、そこからの自由や解放を感じ取って多くの人の共感が生まれたのかもしれません。日記形式で日常的に解放され続ける、というのもこの作品の大事な特徴になっているのでしょう。

リプトン「ココロふわりキャンペーン」

さて、少し前ですが2013年に、リプトンのCMで、浮遊写真が使われており、twitter上では「本日の浮遊」かと思った!との声が上がりました。ただ、特に何らかの紛争になったという報道はありません。

リプトン「ココロふわりキャンペーン」(2013)

出典:森永乳業ウェブサイト

この事例をひとつの素材として、著作権法の考え方をご紹介したいと思います。

「依拠」と「類似性」

少しだけ法律用語の説明となりますが、著作権の侵害というためには、「依拠」と「類似性」が必要です。

「依拠」というのは、他人の著作物に接し、それを自己の作品の中に用いること、と説明されます。つまり、全くの偶然で似た作品をつくっても、著作権侵害にならないということです。たとえば、観光地の写真では、撮影スポットがある程度限定されるため、偶然似た写真ができあがることはありえます。

実際にあった事例※2 では、ある女性がチリのサンラファエル氷河を被写体とした写真を写真コンテストに出したところ、6年後に他のアマチュアフォトグラファーから自分の写真の盗作である!と指摘されました。ところが、コンテスト主催者が調査したところ、その2人は同じ日にサンラファエル氷河ツアーに参加しており、なんと隣通しでほぼ同じ時刻にこれらの写真を撮影したことが判明したのです。

このように、偶然似た写真を撮影したケースでは、原作品に依拠していないため、著作権侵害にはなりません。

「類似性」は、作品の創作性ある部分が文字通り似ていることを意味しますが、どこまで似ていれば侵害なのかの判断ははっきり言って難しいです。以下で事例を紹介しながら境界線を探っていきます。

写真の創作性(オリジナリティ)

繰り返しになりますが、類似性は、写真の創作性ある部分の共通性を考慮することになります。それでは写真の創作性(オリジナリティ)はどこにあるのでしょうか?大きく分けるとふたつの側面があります。

まず、構図、露光、陰影の付け方、レンズの選択、シャッター速度の設定、現像の手法、シャッターチャンスなどの技術的工夫が考慮されます。もうひとつは、被写体です。なお、アメリカの著作権法でも同じような考え方をしています。後ほどアメリカの事例もいくつかご紹介します。

「人為的被写体」と「自然的被写体」の区別

被写体についての重要な視点として、「人為的被写体」と「自然的被写体」の区別があります。なぜ重要かというと、被写体の共通性をどれだけ侵害判断の際に重視するか、に影響するからです。

人為的被写体というのは、撮影者が被写体自体を制作したケースのことをいいます。広告写真では商品の組み合わせ方や配置、背景、人物写真であったらモデルのポーズ、ファッション、メイクなどを撮影者が指示して撮影するケースです。

「本日の浮遊」は、林さんご本人が撮影場所やポーズを決めているので、写真の被写体を制作したということで、人為的被写体に分類されるでしょう。

これに対して、自然的被写体というのは、既存の風景や建物を撮影した写真など、撮影者が被写体の制作に関与しておらず、そこにあるものを被写体としたケースのことをいいます。紹介したサンラファエル氷河の写真がまさに典型例です。

図にまとめますと、以下のような違いになります。

自然的被写体の場合には、被写体の共通性よりもその他の要素の類似性に重きがおかれます。実際に裁判になった事例をみてみましょう。

廃墟写真事件

有名な事件として廃墟写真事件※3 があります。

原告、被告ともにプロ写真家で、侵害されたと主張した原告は丸田祥三さん、被告は小林伸一郎さんです。裁判所の判断はというと、著作権侵害にあたらない、というものでした。ぱっと見た感じでは同じ廃墟を被写体としており、似ているという印象を抱くとも思えます。

丸田祥三「棄景」(1993)(左)| 小林伸一郎「廃墟遊戯」(1998)(右)

出典:丸田祥三氏ブログ

丸田祥三「迷彩」(1992)(左)| 小林伸一郎「廃墟をゆく」(2003)(右)

出典:丸田祥三氏ブログ

丸田祥三「大仁金山」(1992)(左)| 小林伸一郎「廃墟遊戯」(1998)(右)

出典:丸田祥三氏ブログ

丸田祥三「機械室」(1992)(左)| 小林伸一郎「廃墟漂流」(2001)(右)

出典:丸田祥三氏ブログ

ただし、これらの被写体は廃墟であって、被写体自体は写真家が自分で作り出したものではありません。そのため、裁判では被写体の共通性以外の要素を主に考慮して似ている、似ていないを判断することになります。

そうすると、同じ廃墟を被写体としており被写体は共通していても、構図や背景、撮影時季が異なることを裁判所は重視して、侵害ではないという判断をしました。

Sahuc v. Tucker

もうひとつ、Sahuc v. Tucker※4 というアメリカの事例を紹介します。

Sahuc v. Tuckerは、ルイジアナ州ニューオーリンズのジャクソン広場にあるセント・ルイス大聖堂を被写体とした2枚の写真を巡る事件です。1枚はプロフォトグラファーのLouis Sahucが1999年に撮影した「Decatur Street Gate」という作品。被告となったLee Tuckerも「Breaking Mist」という作品を2001年に撮影し、この2枚の写真の類似性が争点となりました。

Louis Sahuc, Decatur Street Gate (1999)(左)| Lee Tucker, Breaking Mist (2001)(右)

出典:PACA, “Copyright/Copywrong in Image Licensing,” January 8, 2008

この事件では、Tuckerが撮影前に、Sahucの「Decatur Street Gate」を見ていたことは争いがありません。さて、どうでしょうか?

裁判所の判断は、非侵害です。光や被写体の配置、構図が異なるというのが主な理由としてあげられています。被写体は、セント・ルイス大聖堂という既存のもので、写真家が作り出したものではないので、自然的被写体です。そのため、被写体の共通性以外の要素を中心として似ているかを検討しなければなりません。そうすると、2枚の写真では、光の加減や構図が異なるし、霧のかかり具合も違う、ということになるでしょう。

自然的被写体の判断事例をみてきました。これらと異なり、人為的被写体では、被写体の共通性、類似性も重要な要素になります。ですが、被写体の共通性だけで侵害となるわけではありません。やはり構図、光の加減などのその他の要素の類似性も考える必要があります。具体例をみてみましょう。

西瓜写真事件

法曹界で有名なのは何と言っても西瓜写真事件です。

写真家である原告黄建勲さんが写真集として発行していた写真「みずみずしい西瓜」を侵害されたと主張して、被告の写真が掲載されたカタログの差止めや損害賠償を求めました。

この事件では、一審の東京地裁※5 は両写真の類似性を否定して原告の請求を認めなかったのに対し、控訴審の東京高裁※6 はこの判断をひっくり返し、侵害を認定しています。

黄建勲「みずみずしい西瓜」(左)| 被告写真(右)

出典:東京高裁判決別紙

ただし、この西瓜写真事件の経緯には少し特殊な事情がありました。被告は写真の撮影経緯について旭川市に果物写真の撮影に赴き付近の西瓜畑にあった西瓜を独自の着想によって撮影したと主張していたのですが、控訴審で被告の写真に写っている楕円球の西瓜様のものは西瓜畑にあるはずのない冬瓜であったことが判明したのです。

裁判所は、被告が、原告の写真に依拠しない限り、到底、被告写真を撮影することができなかったとまで断じています。このような経緯が裁判所の怒りを招いたとも思え、この事件を根拠にこの程度の類似性があれば侵害である、という意味でのベースラインとするのは、やや抵抗があります。

「ココロふわりキャンペーン」は?

「本日の浮遊」とリプトンの「ココロふわりキャンペーン」写真の共通性を考えると、たしかに浮遊写真で構図もモデルの浮遊の体勢も似ているのですが、著作権侵害にはならないという結論になると思います。撮影場所、背景、モデルのファッション、全体的な色合いなど似ていない点が多いためです。

よく著作権法は表現を保護し、アイデアは保護しない、といいます。大きな視点をいうと、著作権法は、クリエイターの保護と著作物の公正な利用によって文化の発展に寄与することを目的としています。アイデアは保護しないというのは、あるアイデアからは多様な表現が生まれる、そして、多様な表現が生まれることが文化の発展になる、というのが著作権法の設計思想であるからです。

究極的に言ってしまえば、だれか最初に浮遊写真を撮影した人に、浮遊写真の撮影を独占させたほうが文化の発展になるのか、そうではなく浮遊写真というアイデアから多様な浮遊写真が生まれることが文化の発展になるのか、という政策判断ということになります。

もちろん「ココロふわりキャンペーン」の写真は、単に浮遊写真というレベル以上に「本日の浮遊」と似ているとは思いますが、これを著作権侵害とするのは独占の範囲が広すぎると感じます。

ソニーワールドフォトグラフィーアワード2017

もうひとつ、最後に最近の報道事例※7 を素材に考えてみましょう。

世界最大規模の写真コンテスト、ソニーワールドフォトグラフィーアワード2017の一般公募部門でショートリストに選出されたルーマニア人アーティストのAlex Andriesiによる作品です。これも浮遊写真ですね。

Alex Andriesi, Far from gravity

出典:PHENIX ART

これに対して、Andriesiの作品は自分の作品の盗作であると訴えたのは、ポルトガルを活動拠点とする写真家のAnka Zhuravlevaでした。Zhuravlevaの写真は次の作品です。

Anka Zhuravleva, Distorted Gravity

出典:Anka Zhuravleva Website

これまでに説明した視点で2つの写真を比較してみましょう。

被写体は両作品とも浮遊する目を閉じた女性、少女が複数の球体とともにひとつの球体を寄り添うように抱えて浮遊するシーンを撮影しています。背景はいずれもコンクリートづくりに見える空間とされています。

被写体は撮影者が制作したものでしょうから、人為的被写体として被写体の共通性も考慮することになるでしょう。

詳細に比べると、Andriesi作品の球体の数は9個であるのに対し、Zhuravleva作品では13個。球体の色もAndriesi作品が黄色に対して、Zhuravleva作品ではややオレンジがかかった色となっています。Andriesi作品の被写体は少女に対して、Zhuravleva作品では成人した女性と思われます。モデルの髪の色もAndriesi作品はブロンドである一方、Zhuravleva作品では黒髪です。モデルの足元はAndriesi作品はドレスと同じ色の靴であるのに対してZhuravleva作品では裸足。Andriesi作品は球体を抱えるモデルの手の位置が球体の中心に対して、Zhuravleva作品では球体の奥側。両作品では背景となる建物も異なります。

完全に個人的な見解ですが、仮にAndriesi作品がZhuravleva作品に依拠していたとしても、これらの違いからすると、きわどいけれども著作権侵害にはならないかな、という印象です。

このケースでは、主催者は調査をしましたが、Andriesiから提出されたドキュメントによってZhuravleva作品からの盗作ではないことが裏付けられたとして、結果的にAndriesi作品がショートリストへの掲載は維持されています。なお、どのようなドキュメントが提出されたのかは開示されていません。

最後に強調しておきたいのは、著作権侵害になるかどうかと作品としての評価は全く別ということです。著作権侵害にならないけれども、他人の作品の特徴的なアイデアを模倣した作品について作品として優れていない、問題があるという評価がされることもあります。

 

「似ている」と「侵害」に距離があるように、「侵害にならない」と「作品として何も問題ない」にもまた距離があるのです。

※1 林ナツミ『本日の浮遊』(青幻舎、2012)
※2 Oliver Smith, How an incredible coincidence sparked a Facebook plagiarism row, the Telegraph, February 2, 2015
※3 知財高判平成23年5月10日判タ1372号222頁〔廃墟写真事件控訴審〕
※4 Sahuc v. Tucker, 300 F. Supp. 2d 461 (E.D. La. 2004).
※5 東京地判平成11年12月15日判時1699号145頁〔西瓜写真事件第一審〕
※6 東京高判平成12年6月21日判時1765号96頁〔西瓜写真事件控訴審〕
※7 Brian Boucher, This Dreamy Image Is Sparking a Perplexing Fight Over Artistic Plagiarism, artnet news, April 5, 2017