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パブリックアートの物理的改変と概念的改変

by 弁護士 木村 剛大/Kodai Kimura

· 著作権法,アーティスト,パブリック・アート,彫刻

 何かを分かるということは、何かについて定義できたり記述できたりすることではない。むしろ知っているはずのものを未知なるものとして、そのリアリティにおののいてみることが、何かをもう少し深く認識することに繋がる。たとえば、ここにコップがひとつあるとしよう。あなたはこのコップについて分かっているかもしれない。しかしひとたび「コップをデザインしてください」と言われたらどうだろう。デザインすべき対象としてコップがあなたに示されたとたん、どんなコップにしようかと、あなたはコップについて少し分からなくなる。さらにコップから皿まで、微妙に深さの異なるガラスの容れ物が何十もあなたの目の前に一列に並べられる。グラデーションをなすその容器の中で、どこからがコップでどこからが皿であるか、その境界線を示すように言われたらどうだろうか。様々な深さの異なる容器の前であなたはとまどうだろう。こうしてあなたはコップについてまた少し分からなくなる。しかしコップについて分からなくなったあなたは、以前よりコップに対する認識が後退したわけではない。むしろその逆である。何も意識しないでそれをただコップと呼んでいたときよりも、いっそう注意深くそれについて考えるようになった。よりリアルにコップを感じ取ることができるようになった。…

 

出典:原研哉『デザインのデザイン』(岩波書店、2003)まえがき

この記事を読まれたあなたは、パブリックアートの改変について少し分からなくなるかもしれません。

ニューヨークのウォール街に、「チャージング・ブル」(Charging Bull)という牛の彫刻があります。彫刻家アルトゥーロ・ディ・モディカ(→Artsy Arturo Di Modica page)の有名なパブリックアート作品で、約30年前に設置されました。

アルトゥーロ・ディ・モディカ「チャージング・ブル」(1989)

出典:ウィキペディア

日本でも、米国でも、アート作品の著作者には、著作者人格権のひとつとして「同一性保持権」という権利が与えられています。つまり、アート作品の作者であるアーティストは、他人が自分の許可なく、作品を改変することを禁止できるということです。

著作権法にあまり詳しくない方も、この辺りは感覚的に理解していると思います。そりゃ、自分の作品を勝手に改変されたら作者は怒るよね、というのは誰もが共感できるでしょう。

しかし、「改変」といっても現実はシンプルではありません。

①作品自体の物理的改変

まず、たとえばチャージング・ブルの角を他人が無断でとってしまったとしましょう。作品を勝手に改変したということで、同一性保持権の侵害になる、という結論に異論はないと思います。器物損壊で、刑事事件にもなってしまいますね。これは作品自体を物理的に改変する類型です。

②作品自体の外観への物理的改変

それでは、チャージング・ブルに編み物を着せたらどうでしょうか?もちろん着脱可能で、角をとるのと違って、彫刻自体を物理的にいじるわけではありません。2010年のクリスマスにニューヨークを拠点とするアーティスト、オレック(→Artsy Olek page)がチャージング・ブルに編み物を着せたのです。数時間後にはニューヨーク市の管理者に発見されて脱がされたそうですが、これはチャージング・ブルの改変になるのでしょうか。

オレックにより編み物を着せられた「チャージング・ブル」(2010)

出典:Malia Wollan, Graffiti's Cozy, Feminine Side, New York Times, May 18, 2011

物理的に作品自体はいじっていないけれども、作品の外観を物理的に改変していることは確かです。

似た事例として、1982年のカナダ最高裁のケースがあります。※1 この事件では、トロントのイートン・センターというショッピングモールに設置されていたマイケル・スノウの「フライト・ストップ」という60体のガチョウの彫刻にショッピングモールが首に無断で赤いリボンをつけ、これに反対したスノウが裁判を起こしました。

マイケル・スノウ「フライト・ストップ」(1979)

出典:アート・カナダ・インスティチュート

カナダの最高裁では、このような改変の仕方もアーティストの同一性保持権を侵害する、という判断をしています。

日本でも2011年に大阪市の御堂筋に設置された人物彫刻19体に一晩のうちに赤い服が着せられていたという報道がありましたが、これも同じ類型の改変の仕方といえるでしょう。作品自体の外観への物理的改変とでもいいましょうか。

日本でも、必ずしも物理的に作品自体を改変することまでは求められていないので(「サイト・スペシフィック・アートの移設と同一性保持権」で紹介した希望の壁事件)、作品自体の外観への物理的改変も、同一性保持権の侵害という結論になると思います。

③概念的改変

それではさらに、作品自体を物理的にいじらず、作品自体の外観も物理的に改変しないでも、同一性保持権が問題になることがあるでしょうか。チャージング・ブルの視線の先に少女の彫刻を設置したらどうでしょう?

「チャージング・ブル」の視線の先に立つ「恐れを知らぬ少女」(2017)

出典:Sarah Cascone, Defending ‘Fearless Girl,’ Bill de Blasio Brands ‘Charging Bull’ Artist a Sexist, artnet news,

国際女性デーの前日の2017年3月7日、チャージング・ブルの視線の先に少女の彫刻が設置されました。彼女の名は「恐れを知らぬ少女」(Fearless Girl)。ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズという投資会社と広告会社マッキャンの委託でクリステン・ヴィスバル(Kristen Visbal)によってデザインされた作品です。

ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズによれば、「恐れを知らぬ少女」は、企業の要職への女性登用によって性別の多様性を実現し、女性のリーダーシップを会社経営に活かす意識を高めることをメッセージとしています。

当初はニューヨーク市の許諾の下で数週間の予定で設置されたのですが、その後あっという間にこの少女は人気者になり、ニューヨーク市は「恐れを知らぬ少女」の設置を2018年2月まで延長する決定をしたのです。

しかし、これにはアルトゥーロ・ディ・モディカが怒りました。元々1987年の株価大暴落後のポジティブで楽観的な象徴としての作品のメッセージが少女に対するネガティブなものへと改変されてしまうというのです。※2 さて、どう考えるべきでしょうか?米国の弁護士や大学教授のなかでも論争となりました。

日本ではどうなるのか?

日本の著作権法の条文をみてみましょう。

日本の著作権法は、「著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとする。」としています。※3

まず、著作者の「意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けない」と書いていて、作品自体の物理的な改変に明確に限っているわけではありません。

また、「意に反して」というのは著作者のこだわりを保護するもので、著作者の主観的意図に反する改変を「意に反する改変」と解すると理解されています。このような理解によっても、「改変」は広く解釈する余地があります。

さらに、「サイト・スペシフィック・アートの移設と同一性保持権」で紹介した希望の壁事件が、庭園の著作物について、庭園自体を物理的に改変しなくても、希望の壁の設置によって庭園のコンセプト、基本構想が感得されにくくなり、庭園の景観、印象、美的感覚等に相当の変化が生じるといって「改変」にあたるという判断をしています。

希望の壁事件で問題になったのは庭園なので、彫刻よりも空間的な広がりがありますが、同じ土地内への希望の壁の設置は、庭園と希望の壁が物理的に接していると捉えれば、彫刻では彫刻の外観を物理的に改変する類型(②)に近いのだと思います。

希望の壁事件の評釈で、九州大学の小島立准教授が「ある庭園が設置されている土地の外部に何らかの工作物が設置され、それが当該庭園の『景観、印象、美的感覚等に相当の変化が生じる』結果を招いた場合であっても、当該工作物の設置が当該庭園の『改変』に該当するといえるのか、といった点については今後の検討課題であろう。」と指摘しています。※4

このような指摘には、庭園が設置されている土地の外、つまり、別の土地の利用を著作物の同一性保持権によって制限してしまうのは妥当ではないのではないか、という問題意識があると思われます。

他方で、「チャージング・ブル」と「恐れを知らぬ少女」のケースでは、土地の利用についてはともにニューヨーク市の管轄でしょうから問題になりません。そして「恐れを知らぬ少女」と「チャージング・ブル」が対で一体的に認識される位置関係にあることも間違いありませんので、希望の壁事件に状況は似ているということで、日本法では「改変」にあたるという判断も十分にあるのではないかと個人的には考えています。

米国は?

米国著作権法ではどうでしょうか。条文では次のようにいっています。

「自分の名誉又は声望を害するおそれのある著作物の故意の歪曲、切除その他の改変を禁止する権利。当該著作物の故意の歪曲、切除その他の改変は、かかる権利の侵害となる。」※5

まず、やはり著作物自体の物理的な改変に文言上は限っていません。また、作品自体の物理的改変に限ってしまうのは、同一性保持権による保護としては狭すぎるのではないかとも思えます。

 

たとえば、2017年5月にアレックス・ガルデガというアーティストが「恐れを知らぬ少女」のすぐ隣におしっこをしている犬の彫刻「Pissing Pug」を設置しました。この作品のメッセージとしては「恐れを知らぬ少女」は「チャージング・ブル」の表現を貶めていることへの抗議のようです。

「恐れを知らぬ少女」の横に設置されたアレックス・ガルデガ「Pissing Pug」(2017)

出典:Nick Fugallo and Max Jaeger, Pissed-off artist adds statue of urinating dog next to 'Fearless Girl', New York Post, May 29, 2017

犬はすぐ隣に設置されていますが、物理的には少女に触れていません。ただし、もちろん少女と犬が一緒に認識されることになります。そうだとすると、「チャージング・ブル」と「恐れを知らぬ少女」の関係も、常に両者の関係性とともに認識されるという点で同じではないか。少なくともどこで境界線を引くのかの線引は難しいでしょう。

結局のところ、「物理的改変」に限るべきか「概念的改変」も含むのか、という分け方よりも、条文に忠実に「故意」の改変か、「名誉又は声望を害するおそれのある…改変」か、という認定がより重要なのであって、「恐れを知らぬ少女」のようなケースでも、「改変」にはあたりうるという解釈が妥当ではないかと思います。※6

おわりに

さて、同一性保持権について少し分からなくなったでしょうか。しかし、それはあなたの理解が後退したわけではありません。むしろ逆です。より深い理解に踏み出した証拠なのです。

※1 Snow v. The Eaton Centre, 70 C.P.R. (2d) 105 (Ont. H.C.J.).

※2 Isaac Kaplan, Fearless Girl Face-off Poses a New Question: Does the Law Protect an Artist's Message?, Artsy April 13, 2017

※3 著作権法20条1項

※4 小島立「希望の壁事件-庭園の改変および同一性保持権侵害の成立が争点となった事例」Law and Technology 64巻(2014)62頁

※5 米国著作権法106条A(a)(3)(A)。なお、著作権情報センターの翻訳を参照。

※6 ただし、実際には「改変」にあたったとしてもフェア・ユース(著作権法107条)だから適法だという反論がさらに争点になると思われます。

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