Return to site

サイト・スペシフィック・アートの移設と同一性保持権

by 弁護士 木村 剛大/Kodai Kimura

· アーティスト,著作権法,パブリック・アート,彫刻

今回のテーマは「サイト・スペシフィック・アート」です。「サイト・スペシフィック」というのは、ある特定の場所(サイト)に合わせてつくられた作品制作の方法をいい、作品がある特定の場所に帰属するような表現の在り方をいいます。※1 そうすると、疑問を持つ方がいるかもしれません。一度サイト・スペシフィック・アートを設置したらアーティストの承諾がないと作品や土地の持ち主でも移設できないのだろうか?

これはなかなか難しい問題で、サイト・スペシフィック・アートを巡る紛争は度々起きています。まずは最も有名なケース、リチャード・セラ(→Artsy Richard Serra page)の「傾いた弧」に関する米国の裁判を紹介しましょう。※2

「傾いた弧」を巡る大論争

リチャード・セラ「傾いた弧」(1981年)

写真:Susan Swider
出典:テート・ウェブサイト「Lost Art: Richard Serra」

リチャード・セラは世界的に有名な彫刻家です。彼の作品の特徴は、鉄がもたらす重量感、重力とそれに伴う負荷やバランスといった点とされています。 また、セラの作品はサイト・スペシフィックな作品ということでも知られています。セラによれば、サイト・スペシフィックとは、特定の場所における特定の諸条件との関係で考えられ、制作される作品をいい、そのような作品は特定の場所以外に設置されることを想定されません。

余談ですが、ニューヨークに行かれる際にはニューヨーク郊外にあるディア・ビーコンという美術館にもぜひ足を伸ばしてみてください。リチャード・セラの迫力ある作品を実際目にすることができます!

さて、傾いた弧に戻ります。米国連邦調達庁(General Service Administration)は、1979年、ニューヨーク市のロウワーマンハッタンの連邦オフィス複合ビルのフェデラルプラザに設置する屋外彫刻の制作について、セラを選出しました。その後1981年に「傾いた弧」は完成し、フェデラルプラザに設置されました。

しかし、すぐに問題が起こります。コミュニティの住民や連邦政府の職員から彫刻がフェデラルプラザのオープンスペースを阻害しているという数百もの苦情の手紙が連邦調達庁に寄せられたのです。そして、数年にわたる協議の末についに1985年5月、「傾いた弧」を移設すべきという政府による決定が出されるに至ります。

これに対して、1986年12月にセラは裁判を提起します。セラはサイト・スペシフィックな作品である「傾いた弧」を他の場所に移設することは作品を破壊することになると主張したのです。

注意が必要なのは、この頃は米国では著作者人格権が認められていなかったということです。米国では、1990年の視覚芸術家権利法(Visual Artists Rights Act)により「視覚芸術著作物」の著作者に著作者人格権が認められたため、1990年より前に制作された「傾いた弧」の事件ではセラは著作者人格権のひとつである同一性保持権を根拠とする主張ができませんでした。そのため、この裁判での主な争点は、憲法上の表現の自由が侵害されるのかというものです。

裁判所は、「彫刻家が売り渡した時点で彫刻におけるアーティストの表現の自由は放棄され、米国政府は自由に芸術的表現を改変、破壊できるのであり、傾いた弧の芸術的表現は米国政府に帰属する」といって、セラの主張を認めませんでした。この時の契約では、「本契約に基づき制作された一切のデザイン、スケッチ、モデル、作品は…、米国のプロパティ(財産)になるものとする。」と規定されていて、契約には、購入後に政府による彫刻の使用を制限する条項は含まれていませんでした。裁判の結果、1989年に「傾いた弧」は撤去となったのです。

それでは現在ではどうなるのでしょうか。今は「視覚芸術著作物」の著作者には、自分の名誉又は声望を害するおそれのある著作物の故意の歪曲、切除その他の改変を禁止する権利、いわゆる同一性保持権が与えられています。※3 サイト・スペシフィック・アートを移設することが「改変」にあたり同一性保持権を侵害するかが争点になるでしょう。もっとも、現在でも米国の裁判所の態度ははっきりしていません。 

ボストンのイーストポート・パーク再開発に伴う紛争

その後、サイト・スペシフィック・アートの移設がアーティストの同一性保持権を侵害するかが争点になった裁判が起きました。※4

マサチューセッツ・ポート・オーソリティからイーストポート・パークの敷地を賃借している不動産投資会社ペンブローク・リアル・エステートは、1999年に彫刻家のデビッド・フィリップスに対してこの公園に設置する作品制作を委託し、彫刻作品27点が設置されました。目玉作品は、花崗岩による巨大な球形の彫刻作品「Chords」です。

デビッド・フィリップス「Chords」(2000年)

ボストン・イーストポート・パーク
出典:デビッド・フィリップス・ウェブサイト

しかし、その後作品のメンテナンスの問題などが発生し、ペンブロークは2001年に公園の再開発を決定します。そして、公園の再開発のためにフィリップスの彫刻作品27点の撤去や移設が必要となり、紛争になったのです。フィリップスは、サイト・スペシフィック・アートである作品の撤去が同一性保持権の侵害にあたると主張して差止めを求め、ペンブロークを訴えました。

結論からいうと、ボストンを管轄する第1巡回区の裁判所はサイト・スペシフィック・アートに対して視覚芸術家権利法は適用されないと判断して、作品の移設による同一性保持権の侵害を一切認めませんでした。

このような判断の根拠とされたのは視覚芸術家権利法の「パブリック・プレゼンテーション・エクセプション」という規定です。この規定では、「著作物の保存又は公開(照明及び配置を含む)の結果である視覚芸術著作物の改変は、重大な過失によるものでない限り、…歪曲、切除その他の改変には当らない。」とされています。※5 美術館に展示されている絵画を移動させても、改変にはなりませんよ、というのが典型的な例です。

つまり、裁判所は、サイト・スペシフィック・アートを移設することは、まさに著作物の「配置」の結果である視覚芸術著作物の改変である、と考えたのです。そして、常にサイト・スペシフィック・アートの移設がこのパブリック・プレゼンテーション・エクセプションの規定で許されるのだから、視覚芸術家権利法はサイト・スペシフィック・アートを保護の対象にしていないと述べています。

果たしてそうでしょうか?直接サイト・スペシフィック・アートの移設が問題になった事件ではありませんが、シカゴを管轄する第7巡回区の裁判所では、フィリップスの判決を批判して、サイト・スペシフィック・アートであっても、視覚芸術家権利法を適用する余地を認めています。※6

第7巡回区の裁判所が指摘するポイントとしては、視覚芸術家権利法が「視覚芸術著作物」を保護の対象としており、サイト・スペシフィック・アートについては何も触れていないということ。要するに、サイト・スペシフィック・アートを保護の対象にしないなんて何も規定していないのです。また、サイト・スペシフィック・アートが改変されるのは、何も移設されるときだけではありません。当然ですが、アーティストに無断で彫刻自体を改変されることもありえますよ、ということも述べています。

少なくとも視覚芸術家権利法がサイト・スペシフィック・アートに一切適用されない、というフィリップスの判決は行き過ぎた解釈だと思います。第7巡回区の裁判所のほうが説得力があるのではないでしょうか。

慶応義塾大学のノグチ・ルーム

続いて、日本の話に移りたいと思います。残念ながら日本では今のところサイト・スペシフィック・アートの移設が正面から問題になった裁判は見当たりません。ですが、この問題を考えるヒントになる事例が2つあります。実際の裁判ではともに建築物の改変に関する例外規定の適用(類推適用)によって同一性保持権を侵害しないという結論になりました。※7 もっとも、ここではサイト・スペシフィック・アートの移設の問題を考えるのに必要な範囲でご紹介します。

まずはノグチ・ルーム事件です。※8 慶應義塾大学三田キャンパスに法科大学院の新校舎を建設し、2005年4月から新校舎の使用を開始するため、「新萬来舎」と呼ばれる第二研究室棟を解体し、新校舎の3階屋上部分に移設することになりました。この新萬来舎の1階の談話室は「ノグチ・ルーム」と呼ばれており、談話室の室内装飾と隣接する庭園、庭園に設置されていた彫刻作品「無」は彫刻家イサム・ノグチ(→Artsy Isamu Noguchi page)により制作されたものです。彫刻作品「無」は、ノグチ・ルーム室内から見たときに落日の光が彫刻に点火して石灯籠のように見えるように設置されており、また、庭園についても樹木などの周辺の環境が庭園にいる者の視野に入ることなどを考慮して設計されたものでした。

新萬来舎1階談話室(通称ノグチ・ルーム)

写真:平剛

出典:慶應義塾大学アート・センター「ノグチ・ルームについて」

イサム・ノグチ「無」

写真:平山忠治
出典:慶應義塾大学アート・センター「ノグチ・ルームについて」

慶應義塾大学もノグチ・ルームと庭園との位置関係も含めて現状を復元するよう移築することにしていましたが、これに反対するイサム・ノグチ財団と大学の教員らが慶應義塾大学に対して、新萬来舎や庭園、彫刻の解体、移設工事の差止めを求めました。その根拠は、著作者の意に反して著作物の変更、切除その他の改変を受けない権利、いわゆる同一性保持権を侵害するというものです。※9

イサム・ノグチ財団は、新萬来舎、彫刻、庭園は大地と密接に接着し、庭園周囲の樹木との関係など、あらゆる要素を考慮して建設されていて、新萬来舎の解体は、新萬来舎を安易に大地から引きはがし、空中庭園及び空中楼閣とするもので、環境芸術としての本件著作物の本質を破壊し、美術史的意義を喪失させる暴挙だ!と主張しています。

イサム・ノグチの最後の作品として大地の彫刻ともいわれる北海道のモエレ沼公園が知られていますが、新萬来舎とその庭園は、「小規模ながらノグチが初めて実現した『環境芸術作品』であり、後に世界各地で実現した大規模な庭園プロジェクトやランドスケープ・デザインによって知られるようになるこの彫刻家にとって、一つの出発点となる重要な仕事であった」といわれています。※10

裁判所は、移設により「周囲の土地の形状等をも考慮に入れた上での製作者の意図」が失われると判断し、建物全体と庭園、彫刻とが一体となった建築の著作物の「改変」にあたると判断しました。新萬来舎や庭園と一体となった彫刻の移設についてはこのように同一性保持権を侵害する、という判断です。

それでは、彫刻のみではどうなのでしょうか?イサム・ノグチ財団は、独立した彫刻についても、三田キャンパスの大地上のその位置に設置されるからこそのデザインであって、他の場所に設置されることはイサム・ノグチの意に反した改変であるという主張もしています。

しかし、裁判所は、「独立した美術の著作物としての彫刻においては,製作者の意図は当該彫刻の形状・構造等によって表現されているものであるから,展示される場所のいかんによって,製作者の意図が見る者に十分に伝わらないということはない。したがって,独立の著作物としての前記各彫刻は,本件工事により改変されるものではない。」といってこの主張を斥けています。

この事件では、イサム・ノグチ財団のメインの主張が建築物と庭園、彫刻が一体となった著作物の改変にあたる、というものでしたので、彫刻単体での移設について詳細に判断されているわけではありません。もっとも、裁判所は著作物そのものだけではなくて、周囲の環境も考慮した上での製作者の意図を認定し、これが移設により失われると判断しています。つまり、しっかりと製作者の意図を裁判所に伝えられれば、サイト・スペシフィック・アートの移設の際にも同一性保持権の侵害になる、という結論になる可能性は十分にあると思います。

新梅田シティの希望の壁

もうひとつは、希望の壁事件です。※11 これは、大阪市北区の複合施設である新梅田シティ内の庭園を設計した造園家、ランドスケープ・アーキテクトが、その庭園内に巨大緑化モニュメント「希望の壁」を設置しようとする積水ハウス株式会社に対して、設置工事の続行禁止を求めた事件です。

広い庭園のため、全体像を示すことが難しいですが、大きく分けると、①「花野/新・里山」と②「中自然の森」という2つのまとまりに分けられます。こちらのサイトに多く写真が掲載されていますので、イメージしやすいかもしれません。

この庭園は、新梅田シティの「環境創造都市」という新しい都市概念のもと、水の循環、森との共生、垂直のランドスケープ、これらをつなぐ風水の考え方をコンセプトとしています。特に、水の循環について、中自然の森の北端にある9本の列柱滝より注がれ、中自然の森の渓谷、渓流を抜け、地中に導かれた後、新梅田シティの敷地の東南端付近にある「渦巻き噴水」で地表に湧き出し、敷地の東側道路付近にある略直線上のカナル(運河)を北上して「花渦」に吸い込まれ、旧花野の湧水から出て小川を下り、再度循環する、と造園家により説明されています。

裁判所はこのような庭園のコンセプトが旧花野、中自然の森、カナル、花渦といった具体的な施設の配置やデザインによって現実化していると認定し、庭園は著作物にあたると判断しています。その上で、希望の壁の設置は、カナルや花渦に直接物理的な変更を加えるものではないものの、これにより、カナルと新里山とが空間的に遮断され、開放されていた花渦の上方が塞がれることになるのであるから、中自然の森からカナルを通った水が花渦で吸い込まれ、そこから旧花野(新里山)へ循環するという庭園の基本構想は希望の壁の設置場所付近では感得しにくい状態になること、巨大な希望の壁の設置によりカナル、花渦付近を利用する人や新里山付近を利用する人にとっても、庭園の「景観、印象、美的感覚等に相当の変化が生じる」ことを指摘して、希望の壁の設置は、庭園の「改変」にあたるとしました。

庭園自体に物理的な変更が加えられているわけではありませんが、同一性保持権侵害が認められている点で、サイト・スペシフィック・アートが設置されている土地上に他の作品が付加されるような場合にも同一性保持権侵害が認められる余地が示されているといえるでしょう。 

おわりに

これまでのところ、日米ともにサイト・スペシフィック・アートの移設について同一性保持権の侵害をはっきりと認めた裁判例は現れていません。特に、米国では視覚芸術家権利法がサイト・スペシフィック・アートに適用されるのか、という根本的な解釈が分かれています。

これに対して、日本では、アーティストが作品に込めた意図や基本構想を考慮して、たとえ物理的に著作物そのものを改変していなくても、同一性保持権の侵害を認めていますので、サイト・スペフィシック・アートの移設についても改変になる可能性は大いにあるでしょう。

ポイントはアーティストの意図です。揺るがぬアーティストの意図を裁判所にうまく伝えられれば、揺れる解釈に決着をつけられるかもしれません。

※1 工藤安代『パブリックアート政策-芸術の公共性とアメリカ文化政策の変遷-』(勁草書房、2008)104頁
※2 Serra v. United States Gen. Serv. Admin., 847 F.2d 1045 (2d Cir. 1988)
※3 米国著作権法106条A(a)(3)(A)
※4 Phillips v. Pembroke Real Estate, Inc., 459 F.3d 128 (1st Cir. 2006)
※5 米国著作権法106条A(C)(2)
※6 Kelley v. Chi. Park Dist., 635 F.3d 290 (7th Cir. 2011)
※7 著作権法20条2項2号
※8 東京地決平成15年6月11日判時1840号106頁〔ノグチ・ルーム事件〕
※9 著作権法20条1項
※10 柳井康弘「新萬來舎 室内と庭園の空間デザインを体験する」
※11 大阪地決平成25年9月6日判時2222号93頁〔希望の壁事件〕

All Posts
×

Almost done…

We just sent you an email. Please click the link in the email to confirm your subscription!

OKSubscriptions powered by Strikingly