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美術館における作品の展示権-中国でのキーファー展を素材として-

弁護士 木村 剛大/Kodai Kimura

2016年12月12日

中国北京でのアンゼルム・キーファー展「Anselm Kiefer Coagulation」が物議を醸しています。※1 アンゼルム・キーファー(→Artsy Anselm Kiefer page)は、戦後ドイツを代表するアーティストで、日本でも2015年10月から2016年3月まで横浜美術館で開催された「村上隆のスーパーフラット・コレクション―蕭白、魯山人からキーファーまで―」で「メルカバ」(2010年)という作品をご覧になった方がいるかもしれません。

「Anselm Kiefer Coagulation」ポスター

アンゼルム・キーファー「メルカバ」(2010年)

問題になったキーファー展は、中央美術学院の美術館で行われる87点のキーファー作品で構成される展示で、会期は2016年11月19日から2017年1月8日です。これに対してアーティスト自身がこの展示を中止するようにと異議を唱えたのです。自分は同意も関与もしておらず、通常の実務慣行とも異なると。さて、美術館はキーファーの作品を展示できるのでしょうか?

まず、作品の「著作権」と「所有権」は分けて考える必要があります。「所有権」というのは「物」に対する権利で、作品を購入した人や組織にあります。一方、「著作権」は「無体の情報」に対する権利で、キーファーが作品を売った後もキーファーにあります。作品を所有していても、所有者は著作権に反する行為は著作権者の同意なしにはできないのです。キーファー展では、German MAP CollectionとLUDWIG Museum Koblenzのコレクションから構成されていますので、美術館は作品の所有者からは展示の承諾を受けていました。

日本の著作権法

北京での展示ですので、実際には中国の著作権法が適用されますが、まず日本でどうなるかを紹介したいと思います。著作権者であるアーティストには原作品に関して展示権があります(著作権法25条)。「展示権」というのは原作品を公に展示する権利です。つまり、権利がある人以外は原作品を公に展示できないことになります。まさに美術館での展示はその典型例です。そうすると、作品の購入者は、アーティストに無断では買った作品を展示できないのでしょうか?それでは所有者にあまりに酷な気がします。

著作権法もそれは酷だということで例外を設けました。所有者や所有者から同意を得た者は著作権者であるアーティストの同意がなくても、原作品を公に展示できることにしたのです(著作権法45条1項)。ただ、公園や路上に設置するように屋外に恒常的に設置される場合は、アーティストの同意が必要とされています(著作権法45条2項)。整理すると、作品を買った所有者が、①原作品を屋内で展示したり、②屋外でも一時的に設置して展示したりすることは著作権法で認められているのです。

作品を創作した著作者であるアーティストには著作者人格権という権利が与えられていて、そのひとつとして公表権があります(著作権法18条)。しかし、これにも例外があり、原作品を譲渡した場合には、展示の方法で公衆に提示することにアーティストは同意したと推定されます(著作権法18条2項2号)。また、所有者によって展示された場合には公表されたものとみなされます(4条4項)。

ここまでですと、やはり美術館は作品の所有者から同意を得ておけば、アーティストの同意がなくても作品の展示ができそうです。

中国の著作権法

中国の著作権法をみると、著作権には、「展示権」、つまり、「美術の著作物、…の原作品又は複製物を公に陳列する権利」が含まれています(10条8号)。他方で、「美術等の著作物の原作品にかかる所有権の移転は、著作権の移転とはみなされない。ただし、美術の著作物の原作品にかかる展示権は、原作品の所有者が享有する。」(18条)と規定されています。

そうすると、やはり中国でも日本と同じように原作品の所有者であれば、アーティストの同意がなくても作品を展示できることになりそうです。

実務慣行

ですが、実務は違います。個展であれば必ずアーティストに一報を入れ、展示に関して同意を得ます。グループ展でも基本は同様です。なぜでしょうか?理由は色々あると思います。

まず、アーティストの関与があったほうが展示のクオリティを向上させることができるという理由があるでしょう。ニューヨークタイムズ誌の記事「Chinese Museum Mounts an Anselm Kiefer Show, Over the Artist’s Objections」でも、香港の美術館M+のシニアキュレーターが「アーティストの膨大な全作品のなかからベストな作品を選択し、また、美術館の限られたスペースで展示することを、アーティストの関与なしにどのように行うことができるか想像しがたい」とコメントしています。

法務の視点でいうと、たしかに展示自体は原作品の所有者から同意を得ていればアーティストの同意なく行うことは可能ですが、プロモーションやカタログ制作も含めて展示全体を企画する上では、やはりアーティストの同意が必要なんだといえると思います。展示をプロモーションするために専用ウェブサイトをつくり、作品の画像を掲載すれば、アーティストの著作物を複製することになります。これにはアーティストの同意が必要です。また、美術館での展示では通常カタログが制作されます。ここでも、作品の画像を掲載することになりますので、やはりアーティストの同意を得ておかなければなりません。※2

また、作品の種類によっては、さらに配慮が必要になるかもしれません。たとえば、アーティストの関与、指示の元でないと再現が難しいインスタレーション作品では、アーティストの同一性保持権(著作権法20条)にも配慮する必要があるでしょう。

少なくともプロモーション、カタログ制作なども含めて美術館での展示企画全体を実現するためには、アーティストの同意が必要になります。ただ、中国でのキーファー展はアーティストの同意を得ないで展示を強行したことがある意味でプロモーションになったのかもしれませんね。

※2 美術の著作物等の展示に伴う小冊子の作成は認められているものの(47条)、観賞用として市場で競合し得るカタログなどは「小冊子」に含まれないと解釈されている(東京地判平成10年2月20日判時1643号176頁〔バーンズコレクション事件〕、東京地判平成9年9月5日判時1621号130頁〔ダリ事件〕、東京地判平成元年10月6日判時1323号140頁〔レオナール・フジタ・カタログ事件〕)。